カテゴリ:インド、2014( 15 )

陸路で国境を超えた日。さよならインド、はじめましてネパール

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by bestdropteaclub | 2015-02-20 21:16 | インド、2014

バラナシの日々

バラナシに来たのは、この光景を見るためだ。

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早朝、宿を出て狭い路地を行く。
ぶつからないよう、団体さんが通り過ぎるのを待つ。
落し物を踏まないように気を付けながら。

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糞と蠅だらけの悪臭漂う路地を抜けると、聖なる河が流れている。
ガートをゆっくり散歩したり、階段に座ってガンガーをぼうっと眺めたり。

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観光客がぼーっと朝日に見とれている間も、インド人たちは働きはじめている。
ボート漕ぎは観光客に懸命に声をかける。

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中年の洗濯夫と若い洗濯夫。親子かもしれない。
中年が洗い、青年が絞って干す。
若い洗濯夫は大層美しい青年だった。
けれど美しかろうが、父親と同じく一生洗濯夫の人生から抜けられないのだろう、そんな予想しかできない。

私はしばらくそこに座って、ガンガーを眺めながら彼を見ていた。

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人が行きかうガートに広げて干す。
洗ったそばから汚れていく気しかしない。

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いちばん端のガートまで歩いてみた。
けっこうな距離だ。

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端っこからまた戻る。
自分の宿の最寄ガートを通り過ぎ、メインガートへ。
昨夜のアルティーでここは人々で埋め尽くされ、電飾が輝き香が炊かれていたけれど、朝にはその面影はほとんどない。
それでも、ここは早朝からにぎやかだ。

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写真はないけどマニカルニカーガートで火葬を見た。
写真撮影は禁止なのだ。
前日も通ったが、ちょうどピークの時間帯だったのかものすごい人で、撮影禁止を知っていたためカメラもiPhoneもバッグにしまい込んでいたのに、ノーフォト!ノーフォト!と私を見てインド人たちがわめきたてた。
それがあまりにしつこくうるさく理不尽なので、まったく見ずに退散したのだ。

早朝は火葬の数が少ないのか、人もまばらで静かだった。
前日と打って変わり、私を見るなりわめくインド人はいない。
それでも薪代を払え、と寄って来るインド人はいる。
薪代に決まった値はなく任意で払うのだけれど、ある人はRs.100 払ってもRs.500じゃなきゃ足りないと言われたり、強硬につっぱねて払わずに済んだりと、色々聞く。
相手と自分の意志の固さ次第、といったところか。
Rs.50を差し出したら、サンキュー、と言って男は静かに去っていった。
ひとりになった私は、遺体が焼かれているところを気の済むまで眺めた。

日本人の男の子と出会った。
彼は日本語使いを連れていた。
日本人観光客を見るや日本語で話しかけ、仲良くなろうとどこまでもくっついてくるインド人が、比較的大きな町には何人かいる。
日本人旅行者は、彼らを日本語使いと呼ぶ。
バラナシだけでなく、デリーやコルカタにもいる。
馴れ馴れしいほど親しげにしてくるので、すぐに仲良くなる人と、警戒心をぬぐえず彼らと付き合わないようにする人と、日本人でも分かれるように思う。
同じ一人旅でも、私は後者だが青年は前者だった。

彼らと朝ごはんを食べに行こう。と言われ、一人じゃなければまあ、いいか。とみんなで店に行った。
茶店でRs.5のチャイとRs.5のトーストで朝ごはん。
注文してから焼いてくれるトーストは、とても美味しかった。
しかし、まだ体調が優れないため、半分は日本人男子にあげることに。

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別の日本人女性とも出会った。
彼女も日本語使いを連れていたが、こちらのほうが性質が悪かった。
後でボートに一緒に乗ろう、と彼女に言われ、約束の時間に約束の場所に行ったが、彼女は来ず、日本語使いだけがやって来た。
彼女が来ないなら意味ないね、と思って一人で散歩にでも行こうとしたけど、彼はずっとついてきた。
朝ごはんを一緒に食べた日本人男子と偶然再会し、ボートに一緒に乗ったら、その日本語使いがボートを持ってる人と交渉して自ら漕ぎ、本当は2人で乗っても1時間につきボート1艘でRs.100と相場が決まっているのに、1人につきRs.100だと言って2倍の金額を要求してきた。

日本人の彼女は後で道で鉢合わせた時、どうして約束したのに来なかったの?と聞いたら「トシ(日本語使いの一人)とけんかしちゃってぇ~」とかわけのわからない言い訳してた。
それと、私とボートに乗る約束、何の関係がありますの?

日本人をだますインド人がいるのは知っている、それはこっちも警戒する。
でも彼女を見ていると、インドに長期滞在している日本人が、インド人とつるんで日本人をだます手引きをする、っていう話が頭をぐるぐるする。
バラナシだけじゃなく、デリーとかにもいるらしい。
そもそも、一緒にボートに乗ろう、と言いながら、どこで何時に待ち合わせる?って具体的な話になった途端、彼女は黙り込んで日本語使いが時間と場所指定してきたし。
それに不安になって、え、彼女も来るよね?って聞いたら、なんだか返事があいまいで怪しかったし。
どこに泊まってるの?と聞くと、秘密の場所にいるんだ。って返事もわけわからんし。
インド人に騙されるより、長期滞在の日本人がそういう手引きをしているんだったら、その方が性質が悪いですね。

それからは一人になって、バナナラッシー飲んだり。

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お昼は、外れなしのフライドライス食べたり。
多分、この一回がバラナシで唯一のまともな食事だった、と思う。

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バラナシはガンガーと街自体がみどころで、あえて観光するところなんてないと言っても良い。
でもとりあえずどこか見よう。と思って、ドゥルガー寺院に行った。
中にはヒンドゥー教徒でないと入れない。

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壁にびっしりルバイヤート(ラーマーヤナだったかも。記憶があいまい)が書かれた博物館にも行った。
2階にある別料金のちゃちな見世物が、ちゃちで良かった。
行ったことないけどどこかの温泉地の秘宝館(伊豆でしたっけ)とか、あんな感じなのでは。
インド人観光客に、あなたのカメラで私を撮って!と写真撮影せがまれたり、日本に行きたいけどどうしたら日本で働ける?と聞かれたり。
(就職については、ニートの身分で旅していた自分のほうが教えてほしかったです)

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黄金寺院の近く、土産物やいろんなお店が並んだ小路を散策。
シンプルな指輪を買った。
Rs.20、なんて安上がり。
ここまでインドで飲食物以外に買ったものなんて、地図とチェスぐらいしかなかったが、ようやく女らしいお買い物。
ここでも、新たな日本語使いにどこまでも着いてこられる。

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持ち帰り専門のお菓子屋さんが、あちこちにある。
買うならば、なるべくお菓子に蠅がたかっていないお店がよいでしょう。

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宿でメヘンディを描いてもらった。
ずーっと、最初から最後まで、彼氏と電話で喋りながら描いてた。
集中してよ。
ナマステインディアで日本人のアーティストさんにやってもらうほうが幸せ。
お客さんへの愛も技術も上。
ただ、電話しながらでもそれなりに出来るぐらい手慣れているのは確か。
集中してやれば、もっと良い出来のはずが。

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夕方のガンガーで、日本人の男子とボートに乗った。
船で日本語使いと二人きりは嫌だったので、もうボートには乗ったという彼に付き合ってもらった。
対岸に向かう。
ここでしたいことがあった。

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スリランカのカタラガマで巻いてもらったミサンガが、インドに来る直前に切れたので、それを流しにきたのだ。

ガンガーで沐浴するのは危険だと聞く。
沐浴の後体調を崩す人が半数とか、9割以上とか、長澤まさみさえバタフライしてるとか、旅人の間でも色々言われていた。

1割も9割も長澤まさみも関係なく、私に選択肢は一つしかない。
タージ・マハルを見た時のように苦しみたくない。
二度とあんな目にあいたくないので、足までにしとこう。と決めて入った。
それでも、足に傷がないかきちんと確認した。
傷があるだけでも、ガンガーに入るのは危険なのだ。

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よし、傷も何もない。
サンダルを脱ぎ、裸足でガンガーに入り、ミサンガを無事に流して見送った。

成仏してね。

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ボートでもとの岸に向かう頃には夜。
アルティーがはじまっていた。
ボートで見学するなら近寄るけど、別料金Rs.100だよ。と言われ、無視する。

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ここで2倍の料金をぼったくられて上陸。
一人なら喧嘩になっても払わないが、日本人青年が自分が払いますよと言ったので、仕方なく払った。
ただ、騙すようなやり方で相場より高い料金を要求するから腹が立つのであって、ボートを一人で漕ぐのがなかなかの労働だというのは、見ていてわかった。
インドの人件費がそもそも安すぎる。
ちゃんとチケット売り場があり、どのボートにいつ乗っても正規料金だという信用があれば、今の相場の5倍になったとしても、観光客の誰も文句は言わないだろう。
そうなったら、私はこの国を2か月近く一人で旅するなんて、出来なくなるが。

メインガートでアルティーを見る。
毎晩見たが、飽きることがなかった。

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終わると見物客はいっせいにメインロードに流れる。
毎晩アルティーをやっていて、いつも人が多いので気づかなかったが、この日は特別なプージャーの日だったらしい。

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どこかで夕飯にしよう。と二人で連れだって、どう見ても地元民しかいない、建築的にも衛生的にも問題のありそうなボロボロの店に入った。
店員さんが言うには、今日はプージャーだから料理は無料でふるまわれるんだ、ベジだけだけど。と説明してくれた。
そうなのかそれはラッキー♫と、のんきに考えていたのもつかの間。
客席の間のおそろしく汚れた床に置かれたいくつかのバケツに、米とカレーが入っていて。
まさかね。はは。とか思っていたら、濡れたステンレスの皿がテーブルに置かれ(この拭かれてない水が危ないんだよなー、と青年が言った)、店員さんが床からバケツを取り上げ、目の前で盛り付けた。
判断力が働く前に、お腹があまり空いていません、お願いだから少しにして。とか訴えていた、ような気がする。
それでも結構な盛りがあったばかりか、まわりのインド人には出してなかったのになぜか、キールという米で作ったデザートまでくれた。

とても親切にしてもらいながら、汚れまくった床に置かれたバケツに盛られている段階で、これはどう考えても食べたらやばいでしょ。という結論しか出ず。
私はほんの2,3口食べただけで、ほぼ全部残した。

プージャーで振舞われる無料の食事は、神様への供え物を分けてもらっていただくものらしい。
それを残すなんて、あってはならないことなのだ。
店員さん、怒りましたね。
これは何言われてもこっちに100%非があるし、そんな気はなくとも相手の宗教や信仰心に泥を塗る行為。
本心からものすごく申し訳ない気持ちだったけど、それでも食べて地獄を見るのだけは避けたかった。
何度も食べろ、残すなと言われたけれど言われるたびに、ごめんなさい、でも本当に無理、間違って入っちゃったのだけど本当にごめんなさい。とひたすら、何度も、可愛く謝った。
そしたら、ちぇ。仕方ねーな。という感じで、最後は許してくれました。

しかし、あれを食べてもインド人は本当に大丈夫なんでしょうか。
食べたら絶対にお腹を壊した自信が、私には、ある。

相席のインド人二人は、お代わりしてました。
私も食べ物は滅多に残さないのですが~(泣
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建築を学んでいる青年は、この日がバラナシ最後の夜で、この後インドからスリランカに飛び発った。
スリランカの建築家のホテルを見て回るんです、と言っていた。
彼にはジェフリー・バワ、私にはジェームズ・テイラーか。
またどこかで会えるかもしれないな、と思った。

彼と別れ、停電で暗くなったバラナシの夜、迷子になりながら宿に帰った。
停電じゃなければ迷子にならなかった自信は、ある。
前の晩、まったく同じ道通ったからねw

バラナシにはチャイ屋はあっても、紅茶のお店はほとんど見かけませんでした。
これは停電中にもかかわらず、たまたま見つけた。

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゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚



大晦日にすべきことをすべてほったらかして、これを書いておりました。
1年の最後がこの記事っていうw
バラナシが書き終われば、インド前半編が終わるから、つい。

バラナシには3泊したのだったかしら、この記事に到着日と出発日以外すべて詰め込みました。
やっていることは毎日、ガンガー眺めながらガートを散歩し、街でフルーツと飲み物とレイズのポテチを買って宿に戻り、そして夜にまた散歩してアルティーを見る、ということの繰り返し。
次回からの旅行記はやっと!ネパールに入りますよ~って、旅行記年越しになったしw
まあ、新年に気分も一新♫

それではみなさま、今年一年、読んでくださいましてありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
良いお年を~(^-^)/

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by bestdropteaclub | 2014-12-31 20:43 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

聖地バラナシ


「ベナレス(バラナシの以前の呼び名)はヒンドゥー教徒にとって最大の聖地である。ここを流れるガンジス河の水で沐浴すれば、あらゆる罪は洗い流され浄められる、という。しかし、私がベナレスに立ち寄ることにしたのは、ヒンドゥーの聖地としてのベナレスに関心があったからではなく、ベナレスという町がカルカッタに匹敵するほどの、猥雑さと喧騒に満ちた町だと聞いたからだった。」
ー 沢木耕太郎「深夜特急」より-

23時40分カジュラホ発の夜行列車に乗り、寝台でわりと眠った。
早朝、目覚めればどこかの駅で停車しているので、チャイ屋を探しにホームへ降りた。
男たちが水道で顔を洗ったり、歯を磨いたりしているのが見える。
停車時間は10分だというのに、チャイ屋は見つからない。
親切な車掌が、チャイが飲みたいなら後で自分が買ってきてあげる、と言ってくれた。

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車掌は、インド人でも損得勘定なしでこんなに親切な人がいるのか、というほど親切だった。
チャイを買ってきてくれ、私がチャイ好きなのを理解すると、車内にチャイ売りがやって来る前に、もうすぐ来るよ!と知らせてくれたり、バラナシのホテル情報を自分のタブレットで調べてくれたり、韓国人の乗客が置き忘れて行った韓国語のガイドブックをくれたりした。
(韓国語は読めないのでいらないと言ったが、役に立つかもしれないと言われて持たされた。役に立たず、バラナシの宿に置いてきた)

親切な車掌と、どこかから現れた可愛い少年と楽しくしゃべっているうちに、やがて列車はバラナシ駅に到着。

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ホームに降り立つと、案の定、客引きのリキシャワーラーに目をつけられた。
異常なしつこさでついてくるので、振り切るようにして歩き、次に声をかけてきたリキシャの男と交渉して乗ることにしたら、最初のしつこい男が寄ってきた。
二人の男たちはチームだったのだ。
もうびっくり、やられた、って感じだった。
何度もリキシャには乗ったけれど、2人組ははじめてだ。
こうなったら観念するしかない。

泊まる当てがまったくなかったので、メインガートの近くで、高くないところ。できれば、屋上とかバルコニーからガンガーが見えるところ。という条件で、いくつかの宿に連れて行ってもらった。
それで駅からRs.50でいいという。
走った距離と回った宿の件数、そして私の重い荷物を持ち運んだことからすると、安い金額だ。
相場がいくらか知らないが、宿からコミッションをもらうので成り立つのだろう。
と思っていたら、案の定、これだけあちこち行ったんだからもっと金をよこせ、と言ってきた。
最初にRs.50と言ったのだからそれ以上は払いません。ときっぱりはねつけると、やれやれというようにリキシャワーラーは首を振った。

最初の宿は安かったが、とにかくひどくて牢獄みたいだった。
次の宿は白人たちのたまり場になっているぐらい、きれいだったが、高い。
3番目の宿は新しくて部屋もきれいで、それなりの料金だったので、そこにした。

宿のおやじはウェルカムティーといって、濃厚なチャイをマグカップいっぱい作ってくれた。
屋上に上がってそれを飲みながら、ガンガーを眺めた。
ここからの眺めでは、偉大なるガンジス河が、ごく普通のその辺の川に見えた。

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アーグラから体調を壊して、もうカレーが食べられなくなった。
と、キッチンで喋っていたときにおやじに話すと、キッチリーというスープを目の前で作ってくれた。
ゴーヤ、ニンジン、トマト、グリーンチリ、大根かラディッシュ、生姜、ターメリック、よくわからないミックススパイス、ギーみたいな油みたいな何か、米、細かいレンズ豆みたいなの、を入れて圧力鍋で煮込んだもの。

体調の悪さとあまり美味しくなかったのとで、半分残してしまった。
ポーランド人3人組が来て、彼らにもおやじはそれを振舞ったが、やはり美味しくないようだった。
が、あっさりしていて体には良さそうだ。

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メインガートの近くの宿に連れて行って、と私は言ったのに、ここがメインガートから歩いて20分以上もかかるシヴァラガートの近くだったと知ったのは、この後散歩に出てからだ。

ガートというのは階段状になった広い場所で、ガンガーに沿って沢山のガートがつながっていて、ずーっと歩いていくことが出来る。
街のメインの通りとガートの間には、迷路のように細い路地が入り組んでいる。
路地を通れば宿からすぐにガートに出られ、ガンガーに沿って歩くことができる。
のだが、それがわからなかったため、来た時に通ったメインの通りをしばらくの間歩き続けていた。

昼間のバラナシは、体温を超えているに違いない暑さだった。
体調はまだ思わしくない。食欲も回復しない。
体中の水分が奪われ、口の中がくっついてしゃべれなくなる症状がまた出て、持ち歩いている水の残量に常に気を取られる場所だった。
到着したばかりのこの日からすでに、昼間は部屋でおとなしく昼寝か読書でもして、朝と夕方以降に活動する、というサイクルになった。

私が見た中で、バラナシで一番にぎわっていたチャイ屋。
衛生状態に不安があったのと、暑すぎて水とラッシーとマンゴージュースばかり飲んでいたので、味わってません。

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苦労して、ガートに出た。
歩き方を持っていたとしても、ガートへ出る複雑な路地すべての地図は、載っていないだろう。
覚えるか、ガンガーの方向を見失わないよう、検討をつけて歩くしかない。
路地はどこを通っても大抵、ごみが散乱し牛の糞が落ちて無数の蠅が常に視界に入り、悪臭がしていた。
ああ、これぞインド。
そういう景色だった。

そんな恐ろしい通りを、息を止め蠅を避け牛糞を踏まないよう、そして牛にぶつからないよう注意しながら駆け抜けると、いきなり視界が広がる。
ガートに出たのだ。
目の前には、ガンガーが想像していた通りの広大さで流れていた。

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ああ、これが茶畑を一時忘れてここに来た理由なんだろうな、と自分で自分の気持ちに納得する。
そういう光景だった。

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インドでいちばん汚い街だが、インドでいちばん聖なる街。
ガンガーに沿って歩いていると、そのことが身に染みてわかる気がした。

インドでも、バラナシは牛がよその街より多かったように思います。集団で泳いでたり。
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メインガートであるダシュワメナートのほかに、有名なのは、火葬が見られるマニカルニカーガート。
だが、どこかから施設の関係者のような顔で、火葬のための薪代を請求する輩が観光客につきまとうので、注意が必要だ。

ここは火葬が見られるもうひとつのガート。
名前は忘れてしまったが、メインガートからは離れていて、静かで落ち着いている。
マニカルニカーに比べて火葬の件数は多くなさそうだったが、観光客を見て薪代を出せ、と食ってかかるインド人はいなかった。
最初に通った時は、火葬は見られなかった。
どこだかわからないが、眺めの良いどこかのガートの階段に座り、ぼーっとガンガーを眺めた。

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やがて夕方になり、夜がやってきた。
ガンガーに小さな灯がいくつか流れ、揺らめいているのが見えるようになった。

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立ち上がり、メインガートのほうへ歩いていく。
ガンガーを流れるボートもみんな、メインガートへ向かっているようだった。

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あちこちで灯りが点り、昼間の猥雑な喧騒とは、違った顔を見せ始める。

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ボートが生物みたいに、メインのダシュワメナートガートの前で群がっている。
こんな光景は見たことがない。
音楽が激しく鳴っている。
アルティーがはじまっているのだ。

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プージャーはヒンドゥー教の祈りの儀式だ。
夜に行われるプージャーを、アルティーという。

ヒンドゥー教徒はもちろん、そうでない人も、他の信仰を持つ人もきっと、同じようにそこに溶け込んでいた。

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あの熱気は、体験した人でないとわからない。
ここで伝えられるとは思っていない。
私は信仰心がかけらもないので、これを見て胸が熱くなるとかまったくないが、これがこの日だけの特別なことではなく、毎晩行われているというのが単純に、すごいなー。と思った。

スリランカのカタラガマでもプージャーを見て、何かすごく特別な感じを見られて嬉しいなあ。という気持ちはしたし、火を乗せたココナッツを回して叩き割って祈ったりしたけれど、信仰に走る気持ちは微塵も沸かなかった。

私は日本人に典型的な、一応仏教徒だけど初詣と葬祭の時以外は信仰とは無縁で、クリスマスになれば嬉々としてケーキを食べたりツリーを飾りつけたりして生きている人だ。
こういうお祭りのような熱気、だけれども神聖さがその中枢にある、それを自分はただ見て、たまに分けてもらうのが好きなのだ。

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けれども熱心に祈っている人を見ると、たた単純に羨ましくなることが、時々、ある。
日々、そんなにも何かを信じられるということが、羨ましくなる。
自分の生活の糧を捧げても、何かを信じようという気持ちがどこから来るのか、どうしたらそういう気持ちになれるのか、私には永遠にわかりそうもなかった。

それが孤独ということ、そして自由であるということはきっと、それと紙一重なのだろう。
ひとりで旅をしている人ならきっと誰でも考えるような、凡庸な話ではある。

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アルティーを眺めている私に、花売りのおばちゃんがしつこく話しかけてきた。
灯りを点してガンガーに流し、祈りを捧げるための花を、買ってほしいのだろう。

インドルピーが底をつき、でも銀行も両替屋もバラナシで見つけられていないので、ルピーがなかった。
お金がまったくないの。とおばちゃんに言うと、お金なんていらないとおばちゃんは答えた。
そうなの?と、信仰というものに対しては警戒の薄れる無信心の私は、ありがたく花を受け取り、おばちゃんの指さす方へ階段を降りていった。
そしてガンガーの流れの前に立ち、祈りながら花をガンガーに捧げた。

すかさず、勝手に祈るおっさんが現れ、頼んでもいないのにありがたいみたいな文言を唱え、「オーム」と自分の後について繰り返せ、と私の額に手を当てて言い、最後には、やり切ったみたいな顔で、ドネーションを出しなさい。と要求してきた。
ああやられた、やっぱりこうなるんだね。と思った。
確かに、花の代金ではないな。花には金はいらないとおばちゃんが言ったのは、嘘ではない。
ドネーションと言っても、適当に小銭を出して逃げれば良い。
花を1USドルで買ってくれと言われたのなら、灯りをガンガーに流してみたかったので、気持ち良く買っただろう。
しかしこのおやじとおばちゃんがつるんでいるというやり方が、汚くて気持ち悪かった。
そしておそらくはこれはバラナシで典型的なやりくちで、簡単に乗った自分にも腹が立った。

もしこれが宗教がらみでなければ、頼んでないし払うなんて一言も言ってない、と吐き捨てて立ち去るところだ。
だがおやじの祈りが結構長かったので、本気のやつかもしれない。と仕方なくUSドルを渡すと、もう1ドルくれ。と手を差し出したため、本気じゃなくてインチキのほうだと分かった。
もし本気のやつだけどお金が大好きなら、そんな信仰お捨てなさいな。そして商売でもはじめなさい。と思うわね。
私は黙って背を向けて階段を上がり、先ほどの花売りのおばちゃんがすれ違いざまにこっちに来たので、日本語で「地獄へ落ちろ」と怒鳴りつけた。
そして、水とパンを買って宿へ帰った。

見返りを求めずに親切にしてくれた列車の車掌と、インチキ宗教家。
一日で色々な顔が見られる、バラナシはタフな街だ。

祈りの花を捧げたものの、神様が聞いてくれなかったら、願いは自分で叶えるしかないですね。(順序が逆?)
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*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




バラナシは、インド旅行記前半最後の街(移動を除いて)。やっとここまで来たか、って感じです。
日本で人を怒鳴りつけるなんて、そんなことしたことあったっけ?と思うけど、インドでは何度かしたような…(-_-)
私がいけないんですかね、神様?

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by bestdropteaclub | 2014-11-24 22:30 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

カジュラホ、西の寺院群

さて、思い出したかのようにインド旅行記の続きです。
カジュラホでようやく次の目的地への切符を手にしたわけですが、その前に見学していた世界遺産の風景を。

ここほど、写真の選別に頭抱えたところはなかった気がする。
そしてコルカタで知り合ったインド人(男)に、iPhoneに入っているそれまで旅してきたインドとネパールの写真を見せたら、ピタッと動きが止まり、写真を拡大して見入っていたのも、ここだけだったという。

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カジュラホは10世紀初頭から12世紀末に栄えたチャンデーラ朝の都で、この頃にヒンドゥー教とジャイナ教の85の寺院が作られた。
現存しているのは25か所だけで、それは3つのグループに分かれる。
ヒンドゥー教寺院のみの西の寺院群、ジャイナ教主体の東の寺院群、2か所のヒンドゥー教寺院が現存する南の寺院群。
これらは「カジュラホの建造物群」として、1986年にユネスコの世界遺産に認定されている。

私が行ったのは、そのうち寺院がもっともよく残っているという西の寺院群のみ。
西の寺院群は宿から歩いてすぐだが、東と南はトゥクトゥクで行かないと厳しい距離だし、西だけ見れば十分だと聞いてもいた。
そして何より、体力が限界だったので。

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それでも、この寺院を有名にしている彫刻群は、十二分に堪能することができた。
ガイドブックがないので、何が何だかわからなかったけどね!
そして入口あたりにガイドがいるので、雇いたいなら値段をしっかり交渉、合意してからお願いしようね。という話だったけれど、いたの?
私には見えなかった…まあ、いても雇わないけれど。

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知識がなくても、これらの彫刻群のすごさは一目瞭然。
そしてこの寺院を有名にしているのは、この仕事の技術だけではなく、男女交歓を描いたミトゥナ像が無数に存在することだ。
それらは神への祈願を表しているのだという。

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出かける前にロビーでオーナーやらに会って、まあまだいいじゃないなどとしゃべっているうちに、真昼になってしまっていた。
この時、太陽はほぼ真上。
西の寺院群はさほど広くはないとはいえ、できれば自転車で見て回りたいぐらいには、寺院が点在している。
それらの間には道やそれなりの広さの庭。
灼熱の太陽をさえぎるものは何もない。
水と体力が、あっという間に減っていく。

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光と影が濃い。
彫刻群もすごいが太陽の光が凶器のようで、残り少ない体力を振り絞って見上げなければならない。

寺院に入ると、今度は空気がひんやりして、影が静けさの中に存在を濃く放つ。
ああ、冷たい空気に生き返る。
信仰心などかけらもなくても、この静けさと冷えた空気のありがたさに、神聖な気持ちになる。

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寺院を出たら、また灼熱の太陽の下。
点在する寺院を、名前もわからないまま眺めていく。

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リスが走ってきて、彫刻群の中に入っていった。
さぞ、かくれんぼのし甲斐もあるだろう。
見上げていると、これを考えだし、計画し、実際に完成させた人間の意志の途方もない強さに、驚かされずにいられない。

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通常、西の寺院群を見学するのにかかる所要時間は1時間ほどが目安らしい。
が、どうにも具合が良くなく、木蔭にベンチを見つけたのでそこでかなり長いこと休んだりした。
結局、倍の2時間ほどもかかってしまった。
それだけ彫刻を見ている時間が長かったのもあるが、もしみなさんが行かれるならば、早朝か夕方、陽射しがあまり強くない時に見学することを強くお勧めしたい。

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それでも、来たからには見学するのが旅人の義務だ。
これらの寺院を作り上げた昔のインド人の意志に比べたら、それほどの気力を要求されているわけではない。
なんとか、最後まで見て回ろうと立ち上がる。

寺院の細長い釣鐘型の屋根は、シカラという。
未完成なのか、あるいは壊れたのか、ところどころこういう個所や修復中の場面も見られる。

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ガイドブックに載っていた彫刻の女性を見つけた。
あまりに色っぽいので印象が強かったのです(男目線?)。
ヒップを突き出した女性の体のラインが、なんとも艶やかでなまめかしい。
女性たちはみんな豊かな肉付きをしていて、ミトゥナ像よりも女性を単体で描いている彫刻のほうが、色っぽい気がする。

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その女性たちにもまして、見事な肉付きを惜しげもなく披露する、踊るガネーシャ。
このお腹のプニプニ感、太腿のムチムチ感。
石の彫刻でここまで肉感的な表現が可能なのか、と驚嘆しつつ、ガネーシャのお腹から目が離せなかった。

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あ、出入り口でガイドを雇わなくても、それぞれの寺院にいるガードマンみたいなのが、親しげに話しかけて説明してくれたりします。
チップを払えば受け取るだろうけど、要求されなかったし、払わなくても文句言われません。
写真まで撮ってくれて、やたら親切でしたが、ただこれは女性限定かもね(^_^)

寺院の天井まで、美しいです。
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もっとも有名と言っても過言ではないミトゥナ像は、とんでもない体勢で複数の男女が絡み合っている。
この像について日本語でガイドしているのが聞こえてきて、職場とかでそんなこと言ったらセクハラ間違いなしな内容だった。
お客は日本人の若い女の子一人で、彼女の表情は見えなかったけど、大真面目にこんなこと聞かされてどんな顔で聞いてるんだろうと思うと、気の毒なような、可笑しいような気がした。

このミトゥナ像そのものも、この時のシチュエーションも、正直言うと、エロティックというよりコミカルな感じがする。
人間て究極的な場面でなにか、どこか滑稽なことを大真面目に全力でやっていたりする、それが愛おしいのかもしれないなあ。などと思ったりした。

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そんな場面がありつつ、ライフを確実にすり減らしつつ、見学していったのでした。

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これはまだ穏やかな絡み具合なんで、アップに耐えられます。
これぐらいが美しいです。

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これだけのことを成し遂げるインド人の意志の力って、すごい。
これを作った昔のインド人の血が脈々と受け継がれて、今のインド人のうざいほどの生命力につながっているのかと思うと、妙に納得なんでした。

さて次は、もっともインドらしいインドと言われる、ヒンドゥー教の聖地へ参ります。
いつ茶畑にたどり着くことやら…と我ながら思いますが、気長にお付き合いくださいな。

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゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚



あの暑さ、太陽の眩しさ、体調の悪さ、書いているとまざまざと思い出してきます。
弱っている時や病気の時が実は一番、命のきらめきを感じるものなんでしょうか。
そして、みなさまの応援が私のライフですので、良かったら下のバナーをクリックして下さいな♪

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by bestdropteaclub | 2014-10-19 10:41 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

カジュラホで、惑いの昼下がり

インド旅行記の続きです。
アーグラで食中毒にかかり、最悪な体調ながらもタージ・マハルとアーグラ城塞を見学して、次の町カジュラホへ向かうところからです。
もはや年内に書き終わる気がしませんが、特に不都合なこともないですよね?ね?



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚



0を発明したのは、インド人だという。
2桁の掛け算が子供でも出来るというし、チェスの発祥もインドにあるし、数字的なことには恐ろしく優れた頭脳を持っている、というのがインドの印象の一つだ。
が。
それを覆す不可思議現象が起こった、アーグラ発カジュラホ行の夜行列車。

インドの寝台列車は、2Aとかスリーパーとかクラスがいくつかあるのだが、この時乗ったのは、エアコン付きのまあまあなクラス。
車輌と座席番号がチケットに書かれていて、自分の車輌(AB)に無事乗り込んだはいいが、端から座席番号を確認し、私は面食らった。
私のシートは2番。
この車輌の座席番号、始まりが3だった。

どうして?どうして普通に旅をさせてくれないのよインドって。
0はいいよ。でも1と2は使おうよ。
使わないなら、チケットでも使わないように統一しようよ。
2なんて、本来2番目に見つかっていいはずの席でしょうよ。

車掌に助けを乞い、連結部分を通過して自分のではないはずの隣の車輌に行き、そこにあった寝台に落ち着くことに。
体調は相変わらずひどかったが、それなりに眠ることができた。

朝6時35分にカジュラホ到着のはずが、実際に着いたのは7時10分。
悪くない。
予定を詰め込まず、思いつくまま行動すればいいだけの自由の身に、急ぐ理由などどこにもなかった。

駅のホームまで客引きに来ていたリキシャワーラーには、ぼったくってやろうという欲深さをあまり感じなかったので、素直に着いていき、そのリキシャに乗った。
駅から目指す宿まで、Rs.150。
歩き方に載っていた金額そのままだった。
が、泊まることになった宿のオーナーは、Rs.100で来られるぞ、と言う。
目安と言えど、日本のガイドブックに載っているカジュラホのリキシャの料金は、すでにぼったくり分が入っているのですね\(^_^)/

カジュラホのレイルウェイステーション。色づかいが可愛らしい。
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カジュラホは小さな町だ。
この旅で訪れた北インドの中では、もっとも小さな町だったと思う。
ここに来た理由はたった一つ。
この町の世界遺産を見ること。
あ、もう一つあった。
ゆっくりしっかり休むこと。
そのためには、沢山観光名所があったら困るのだ。
列車では揺られながらも寝台でしっかり眠り、体力は回復に向かってはいたけれど、まだまだ弱っていることに変わりはなかった。

泊まった宿の目の前には小さな湖(というか池)がある。
写真では伝わりづらいあんなものやこんなものが水面に浮いているのを見ては、そこで水遊びをしようなどという考えは、ティースプーン1杯分さえ沸いてこない。

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宿の名前はそのまま、ホテルレイクサイド。
泊まったのは湖(というか池)が見える、いちばん良い部屋だ。
日本人だからか、年季の入ったバックパッカーよりは身なりが良いせいか、それとも宿経営のテクニックとはそういうものなのか、どこの宿でもいちばん良い部屋を最初に見せられる。
その後でもっと安い部屋はないか、と聞いて見せてはもらうものの、やっぱり最初の部屋がいいよ。ってことになってしまうのが、その後もお約束のパターンとなっていくのだった。

オーナーはこれまた日本びいき。
さっさと一人になってぐったり休みたかったのだが、ロビーで1時間半ほども話し込むことに。

ルーフレストランあり。
あ、そういえばバナナパンケーキ食べたんだった。フルーツしか食べたくないとか言っておいて。

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具合が悪いことをオーナーに話すと、アーグラで手に入れた薬の話になり、何だかわからないが渡されたから飲んでいるの。と言ったら、いったいこれがどんな薬だか知り合いの医者に聞いてみる。と彼は薬をいくつか持って行った。
そして薬たちは二度と帰ってこなかった。(ああ不安…)

オーナーは、しばらくしたら所用でデリーに行ってしまうが、明後日帰るからそれまで待っとけ。と言った。
彼はどれだけ日本人が(あるいは日本人女性が?)好きなのだろう?
待っといてくれれば、その間部屋代は安くするから、と半額にまでしてくれた。
(待たなきゃいけない意味がよくわからなかったし、彼が戻る前に次の町に行っちゃったので、結局そこまで安くならなかった)

何も食べたくない。という私に、フルーツとヨーグルトぐらいは食べたほうがいいぞ、と彼は出かける前に、それを部屋に運んできてくれた。
ヨーグルトが見えなくなるほどの、パパイヤ、りんご、バナナに柘榴。
なんて鮮やかな色だろう。

これでさえ、少し食べただけで手が止まった。
けれども、それはとても美味しかった。
食べものが命に直に結びついている、そのシンプルな事実を、病んだ体に訴える味だ。
絶対に残したくなくて、小さなボウル1杯のフルーツヨーグルトを、1時間以上かけてすべて食べた。

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オーナーは4人兄弟で、最初に会ったオーナー(長男)がデリーへ行ってしまうと、翌日に弟のほうのオーナー(三男だったか)が現れた。
彼は普段はインドにいるものの、日本でインドレストランを経営しているという。
長男の上をいく日本びいきで、日本語をかなりよく話した。

もはやフルーツ以外食べたくなかった私は、町まで果物を買いに行きたいと彼に言うと、もう一人の泊り客と一緒にバイクでナイトマーケットに連れて行ってくれた。(はじめてバイク3人乗りしちゃった)
沢山の種類のフルーツたちが並んでいて、スウィーティーにとてもよく似た果物を絞ったジュースをごちそうしてもらった。

インドのあちこちの町の路上で、このジュースはよく売られていて、とてもポピュラーだ。
けれども、路上の店はすべて水や何かで割っている。
オーナーは特別に果汁100%のジュースを作らせてくれ、それは砂糖も入れていないのに見た目ほど酸っぱさがなく、爽やかで美味しかった。

パパイヤをRs.40で、それから石鹸(インドに来て10日やそこらで、すでにボディーシャンプーがなくなりそうな危機)や、水やコーラやアイスクリーム(フルーツとヨーグルトのほかに食べられそうだったのは、アイスクリームとレイズのポテトチップだった)を買って帰った。

ピラミッドになっているのが、ジュースのもと。もしかしてスウィーティーそのもの?
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宿で、日本人女性のAさんと出会った。
インドに入ってから日本人とじっくり話をするのが初めてで、色々としゃべった。
カジュラホにはどれぐらいいるの、と聞くと、3日だという。
そのうち、オーナーやその友達や近所の人だかなんだかわからない人たちがロビーに次々やってきて、みんなで紅茶とバナナとライムウォーターをごちそうになった。

Aさんに、次の町に行く列車かバスのチケットを買わなくちゃいけないんだという話をし、(チケットはネットで買えるので宿のスタッフに頼んだが、ネットが切れたと言われたり、繋がったが満席で手に入らないと言われたりして、買えていなかった)バスターミナルへ調べに行ってくる、と言って出かけた。

真昼のカジュラホは、灼熱のようだ。
バスターミナルは宿から片道15分はかかる上、宿でもらった地図とまったく違う場所にあって、散々迷うことに。
正しいと思える道は砂埃にまみれ、先は遠く、見える限り店の1軒もなかった。
水がなくなったらどうしよう…という恐怖感にまた見舞われた。

ようやくバスターミナルに着き、次の目的地バラナシまでバスで行くなら2回乗り換えが必要だと聞かされ、列車で一気に行くことにした。
列車のチケットはここじゃ買えないと教えられたので、仕方なく駅まで買いに行くか、誰かに行ってもらうかすることを考えはじめていた。
(ネットで売り切れでも、駅の窓口では売っている場合もあるらしい)

カジュラホの町。
木蔭があり道がコンクリートで店がある分、ここはバスターミナルへの道よりだいぶまし。

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宿に戻るとAさんがいて、どうだった?チケット買えた?と聞いてきた。
買えなかった、列車で行くつもりだけど、バスターミナルでは列車のチケットは扱ってないみたい。と答えると、そんなはずはない、私は列車の切符をあそこで買ったのよ、と彼女は反論した。
ああ、インド人が適当な説明したんだろう、と思い、体力もきつく面倒くさくてたまらなかったが、わかった、後でもう一度行って確かめる。それで売ってたら買ってくる。と私は答えた。

少し休み、弱った体で再びターミナル目指して、暑くてどうかなりそうな道を往復30分歩く。
カジュラホは町自体小さく、頑張れば徒歩ですべてが済んでしまうからか。
トゥクトゥクが少なく、乗り場らしい乗り場もなくて、客引きもまったく来ないためすべてを歩きで済ませたが、これはとてもきついことだった。

ようやくバスターミナルにたどり着いたが、そこで列車のチケットが売っていないことはやはり間違いなかった。
3月いっぱいで、ここでの列車のチケット販売は中止になりました。という説明の張り紙を読んだのだ。
(1回目行った時は張り紙に気づかなかった。そしてこの日は4月12日)
炎天下の中、体調が悪いのに延々と歩いて、何しに来たんだろう?
帰りも同じ距離を歩かねばならないことを想像すると、圧倒的な絶望感で、気が遠くなりそうだった。

空しさでいっぱいになりながら戻る帰り道。
容赦ない陽射しの中、Aさんの発言が頭をぐるぐるした。

買えるはずのない場所で列車のチケットを買ったと嘘をつく理由なんて、よほど心が病んででもいない限り、ないだろう。
チケットを買ったのが本当ならそれは3月以前のはずであり、そうするとカジュラホにいるのは3日間だという発言のほうが嘘になって、実際は最短でも13日以上滞在していることになる。
チケットを買ったことかカジュラホに3日しかいないことか、どちらか一つは確実に嘘なのだ。

思い当たることはあった。
何日いるのと彼女に聞き、3日という答えが返ってきた時の、歯切れの悪さ。
それから、宿のロビーに近所の人たちが集まってきた時も。
彼女の馴染み方はとても、3日しかいない人のそれには見えなかった。
その時インドは選挙中だったが、彼女は彼らと選挙パレードやパーティーに参加までしたそうで、宿の近所の人に過ぎない彼らの電話番号まで知っているほど親しげだった。

そして、2週間も滞在しているのに3日しかいないと嘘をつく理由も、想像がついた。
彼女は宿のオーナーの息子に恋をしていたようだった。
私が知る限り、彼女は観光に行くこともなく、ほとんどいつでも宿にいて、彼を見かけると必ず寄って行って共に過ごそうとしていた。
日本の本や漫画もないこの宿で彼女が沈没する理由は、彼女が彼を追いかける視線を見れば十分に理解できた。
彼と一緒にいたいがために、この小さな町に滞在し続けていると悟られることを良しとしなかったのだろうという想像が、容易に働いた。
それが唯一の、彼女が事実と違うことを言った筋の通る理由に見えた。

だが、それは私の推測に過ぎない。
当たっているかいないかなんてわかりようもなかったし、そんなことはどっちでもどうでもいい。
だが、彼女の情報が間違っていたのは事実であり、そのために炎天下の中、砂埃にまみれ弱り切った体で無駄な2往復目を歩いたことの辛さといったら。
腹立たしくてしょうがなかった。

バスターミナル付近にはいくつか店が並んでいて、チキンセンターと書かれている店の前で、車が停まっていた。
その荷台には鶏たちが押し込められていた。
すぐに処理するためなのか、それともこういう品種なのか、羽がついていない、肉がむき出しの部分が多くて、生きものを見ているのか食肉を見ているのかわからなくなりそうだった。
陽射しの眩しさや嘔吐しそうになるほどの暑さや、何より、理解に苦しむ他人の虚言についてのばからしい考察で、私は声ひとつ立てるわけでもなく、でも内心では静かに確実にパニックに陥っていた。

この前に久々の食事らしい食事として、彼らが入ったパスタを食べてしまっていたのが、またね…orz
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ああ、あそこに押し込められているのが自分だったら耐えられない、自分じゃなくて良かった。そう思った。
同じ場所にいて同じ空気を吸っているのに、あの網の向こうとこっちとで、どれだけ世界が違っていることか。
何日か、あるいは何時間かしたら、あっちは命を奪われ肉を食われ、こっちは安楽にそれを食べることになる。

いったいなんで自分はこっち側に立っているんだろう?
どうしてあっちに行かずに済んでいるんだろう?
それだけの立場でいられる何を、自分はしたのだろう?
ただ人間に生まれただけで、どれほどのことを自分はしてきたのだろう?

情け容赦ない太陽の熱と、彼女の意味不明な嘘と、それに振り回される自分の滑稽さとで、肉体の弱り具合が精神にまできてしまったのかもしれない。

列車のチケットを買いに来る前に、世界遺産の観光は済ませていた。
目的は果たした。
この町に自分は、長くいない方がいい。

それは根拠のない直感であり、けれども絶対に正しいと言い切れる確信でもあった。

宿に帰り着く前に、宿から目と鼻の先に旅行代理店を見つけ、飛び込んだ。
手に入らず散々苦労したはずの今夜発の切符を、そこではいたって簡単に、宿よりも安い手数料で手に入れることが出来た。

カジュラホの町のボーディ・ツリー。町にふさわしく小さめです。
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゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


追記ですよ。
チケットを握りしめて宿に戻った瞬間、「チケット取れたよ~♬」という、PCの前の彼女の声。その横にオーナー息子。
ありがとう、でもね頼んでないよねそんなことは\(^_^)/
私がチケット買いに行ってくると言って出かけたのに、なんで手に入れずに戻る前提で、断りもなく事を進めてくれちゃったのでしょうか。

バスターミナルではやっぱり、列車のチケットは売ってなかったよ。(心の声:あなたの誤情報のせいで、無駄に2往復させられたんですけどね。私、体調悪いこと話したよね?)という私の言葉を、彼女は、え、そう?と一言で片づけた上、チケットは自分で買ったよと言うと、待ってたのに~。キャンセルするなら手数料が20%かかるんだけど。と言ってきた。
彼女、本当に宿の客なの?それともスタッフなの?
いったい彼女は何なの?

今も、カジュラホでオーナー息子の横にいるかもしれませんね。
3日しかいないって、日本人観光客には嘘つきながら。
ということで、世界遺産のお話は次回へ持ち越しです。

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by bestdropteaclub | 2014-09-22 00:06 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

アーグラ、腹痛と世界遺産と


さて、インド旅行記の続きです。
タージ・マハル観光のためアーグラにやって来たものの、宿のベジターリーで腹痛にやられ、一晩中苦しむところからでーす♬(やけくそ)

というわけで今回、まったく上品ではないお話から始まるわけです。
優雅なイギリス風アフタヌーンティーの世界がお好きな紅茶ファンのみなさま、ごめんなさいね。
ま、元々このブログはそんな感じですよ~(^p^)

一晩中眠れずにお腹の激痛と戦っていたのだけど、体中の水分がなくなるかと思うほど脂汗が流れ、トイレとベッドを往復しても、まったく好転のきざしはない。
もう観光どころの話ではないの!わかってよ!(キリッ
と、叫びたいところだが、この日行こうというのは、タージ・マハル。
目の前まで来ておいて、諦められるレベルの目的ではない。
この日の夜発の、深夜特急のチケットをもう買っているので、タージ見学のチャンスは今日しかなかった。

大丈夫、リキシャで全部回ってくれるんだから、リキシャの中で横になって休み休み行けばどうにかなるはず!
と、脂汗をダラダラ流して前傾姿勢になりながら、這いつくばるようにして(もう気持ち的には匍匐前進)宿を出た。

インド人が意外と時間に正確で、すでにリキシャワーラーが待っていたのは嬉しい。
が、なぜか運転手だけでなく、その弟、弟の嫁、彼らの息子、でリキシャの中が満載になっており、私が一人でお金を出して雇った貸し切りのはずの車内が、寝転がるどころか普通に座るのさえ苦しいことになっていた。
彼らもタージ・マハルの近くまで乗って行っていいか。と運転手が私に聞くが、もう彼らは乗っちゃってここまで来ちゃっているのである。
この質問の答えには、選択肢なんて~、ありません~

というわけで、狭い車内でぎゅうぎゅうになって、タージ・マハルよりだいぶん手前の道に到着。
ここから入場口まで、結構歩く。
アーグラは車の交通量が多く、排気ガス汚染からタージ・マハルを守るために、車で入口まで乗りつけられないのだ。
そして入口にたどり着いた時には、またもお腹がはうあああ。

日本から持ってきたスポーツ飲料の粉末を1Lのミネラルウォーターに溶かし込み、それを飲みながら、入口の花壇のヘリみたいなところにぐったりと座り込み、30分ほども動けず。
しかし、ここから中に入らずに宿に戻って休むなどという選択肢は、私にはない。
這いつくばってでも入ってタージ・マハルを見る、これ一択である。
外国人料金Rs.750(小さなミネラルウォーター付き。インド人料金、Rs.20て!)を払って入口を通り、結構な手荷物検査を受けて、いよいよインド屈指の建築物とご対面。

最初に見えるのは、大楼門。
朝焼けの中で見るその門だけでも、十二分な美しさ。

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この門をくぐると、あの、今まで散々写真で見た世界が広がっていた。
これまで世界中のたくさんの国で、たくさんの建築物を見てきたわけで。
ヨーロッパの城とか宮殿などは、立て続けに5か国ぐらい行くと、どれも同じに見えて、お腹いっぱいになってしまっていたが。

それでもまだ、新鮮な気持ちでその美しさに感嘆できる建物って、あったんだなあ。と思った。
実際にここに来て、実際に自分のこの目で見た。
ただそのことだけで充足できる特別な空気が、その庭と白い建物の世界に満ちていた。

水路に映る、逆さまのタージ・マハル。
これだよ、散々写真で見たやつ。と心の中で叫ぶ。
でも今見ているのは、写真じゃないんだよ。とまた心の中で叫ぶ。
もうそれだけで嬉しくなる、そんな子供のような気持ちに戻れる建物は、ここ何年も見ていなかった気がする。

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が。
私とタージ・マハルとの美しい関係は、長続きしなかった。
あああまたお腹に激痛。
前屈姿勢になりながら、美しい庭を力ない足取りで歩き、とにかくさっさと見ようそうしよう。と、霊廟に向かっていく。
もはや目の前の美しい大理石の建物よりも、トイレが恋しい事態…なんてこった。
外国人とインド人で入口が分かれているのだが、外国人入口まで行くのさえ、遠くに感じてしまう。

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もう時間との闘いであろう…と予測がついたので、肝心の霊廟の中を、私はさらっと、なぞるようにしか見ていない。
どうせガイドもつけていなければガイドブックもなく、どこのアレが何だともわからないため(さすがに墓石はわかったし、それで満足)、美しさが存分に感じられさえすれば、それで良かった。
(もしかして地下に入れたらしい?よくわかりません)

白大理石を汚さないためだろう、ここに入るにはシューズカバーを付けるのです。
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来られただけでも幸せでしたよ。
そして忘れられないね。腹痛の思い出が(^p^)

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ダッシュでリキシャとの待ち合わせ場所に戻った。
本当はこの後アーグラ城塞に行き、さらにその後は街中で買い物など周る予定だったが。
それらはキャンセルして。お願いだから薬局へ行って。そして薬を手に入れたらもう宿へ帰るんだから!帰って寝ます私は!
と半泣きになりながら訴えた。
日本から一応薬を持って来てはいたが、ネットで調べても歩き方に書いてあったことも、一様に同じ。
インドの腹痛に日本の薬は効かないということ。
インドの薬局で売っている薬は、てきめんに効く。ということだ。

タージ・マハルの壁のレリーフ。細部まで美しいのです。
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リキシャワーラーは、この街に住んでいるんじゃないんですかあなたは?と問いたくなるほど薬局の場所をわかっていなかった。
そしてアーグラの街は、東京みたいにドラッグストアがあちこちにあるような感じでもなく、薬局を探してリキシャで街中をウロウロ。
店も車も人もあふれるほどいるのに、薬局がこんなに見つからないってどうなってる、アーグラよ。
と思っていると、運転手は病院の前でリキシャを停めた。
が、入口のところの薬局では、薬が買えなかった。
医者に診てもらい、処方箋を出してもらってはじめて薬が買えるシステムなのは、インドの病院も日本と同じようだ。

おそらく保険でまかなえるので、すぐに診てもらえるなら医者に診てもらってもよかったのだが。
外国の病院はスリランカしか知らないが、患者であふれかえっていたので、インドも同じだろう。その待ってる間が辛い。
薬局で薬を買えばさっさと治るだろうことが予想ついたので、リキシャドライバーに、頼りになる宿のオーナーに電話してもらい、薬局の場所を教えてもらって、ようやく3種類の薬とORSを手に入れることが出来た。

ORSは、スポーツドリンクの粉末と同じように、水に溶かして経口補水液が作れる粉末である。
この時すでに脱水症状が出て、口の中が水分不足でくっついてしまってまともに喋れない状態になっていた。
パッケージにはオレンジ味とあり、美味しそうに見えたので、さらに2つ追加で買った。
が、このORS、この外見でオレンジ味と明記しながら、ぼやけた塩味しかしなくて不味すぎた。
ORSは塩と砂糖で作れるのだけど、本当に塩と砂糖しか入ってないでしょこれ。というぐらい、オレンジのオの字も感じられないシロモノだった。
虚偽表示もはなはだしいわ…すごいわインドってば…

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宣言通り、宿に戻って休んだら薬が効いてきたらしく、徐々に良くなっていき。
あれ?これ頑張れば観光できるんじゃ?というほどの回復が感じられた。
おお~、書いてあった通りだ。本当にインドの薬が効くんだ!と嬉しくなり、ロビーに行って頼れるオーナーに相談。
頼れるといえど、原因はあなたのところのカレーだからね。という気持ちを忘れず、今からアーグラ城塞に行きたく思う。と訴えると、追加料金なしでさっきのドライバーを呼び、予定していた残りの観光に周れることになった。
タージ・マハル観光が早朝だったのが幸いし、まだまだ時間はあった。

ということで、アーグラ城塞。
デリーのラール・キラーに似ていると思ったら、同じ赤砂岩でできていて、同じくラール・キラー(赤い城)と呼ばれている。
1573年、ムガル帝国の皇帝アクバルが建てた城塞であり、インドで最初に認定された世界遺産の一つ。

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ここには、タージ・マハルを建てたシャー・ジャハーンが息子に幽閉された塔がある。
が、それは後からわかったことであって、この時はわかっていなかったのもあり、見逃した。
わかっていたとしても、見逃したと思う。

ここに来てまた、お腹でなにやら始まり、ただ立っているだけでも辛く、そこらの階段やへりに前屈姿勢で座り、ひたすら休んでいたのであった。
しかも昼になって、俄然気温が上がってきた。
暑さと腹痛とで、ダラダラと汗が流れ落ちる。
ただでさえ水分不足の体に、この暑さがこたえた。
水がなくなったらどうしよう…城の中では売っていない。水が、いつまでもつか…
ということが頭をグルグルして、観光どころじゃなくなってきた。

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どうにか立ち上がり、アーグラ城塞を後にする。
だが薬は多少効いているのか、ぐったり休むと、夜中とは違っていくばくか動けるぐらい回復する。
その回復の合間を見計らい、街で買い物しようとしたり。

リキシャワーラーが知り合いのパンジャビ・ドレスの店や紅茶の店に連れて行ってくれた。
ドレスの店ではまたも具合が悪くなり、トイレを借りて、ごめんなさいお腹が痛くてもう買い物ムリ。
と店を出てリキシャに乗ったところ、おい、何かスモールシングだけでも買っていったらどうだ!と店の人がリキシャまで追いかけてきた。
運転手も、そうだよ俺たちゃディスカウントもするしさ。(俺たち、というのは私がその店で買い物すると、彼にいくばくか入るのであろう)と調子を合わせて、腹痛で青ざめている私に訴えてきた。
おまえらの血は何色だーッ!ってことですよ。

インドは暑いし埃だらけだしで、1日に何回も着替えたくなるほど服が汚れ、洗濯が追い付かない。
なので、気に入るのがあったら本当にパンジャビ・ドレスは買いたいなと思っていたのだけれど。
結局、アーグラの街中で買ったのは、水とジュースと薬とORSのみ。

あと、リキシャワーラーのおじさんが勧める店のラッシーを飲んだだけ。
おじさん、リキシャから立ち上がれない私のために、店から買って運んできてくれたけれど、多分本当の値段よりは高く言ってるよね。
(Rs.50と言われたけど、他のどの店で飲んでもその値段よりは安かった)
でも、この1杯は沁みるほど美味しかった。
ナッツとかレーズンとか入ってた。(本当はそういうの入ってないラッシーが好きだけど)

リキシャの中でいただいた。日本のラッシーにはない乳っぽいかたまりが、美味しいんだよね~
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こちらは、紅茶の店。
とはいえ、紅茶と宝石と両方売っていた。
こうして目の前でいれてくれて、ごちそうしてくれる。
ごちそうしてくれても、私は何も買わないよ。とリキシャドライバーには言っておいた。
ダージリンはダージリンに行って買うからと。

今年の出来たてのダージリンFF、ここで初めて飲みました。
マサラチャイもいただいたけど、ダージリンFFもチャイ用の濃ゆいCTCも、同じようにガンガンに鍋で煮立てているのが強烈な印象だった。
インドの普通の生活では、ティーポットなんて登場しないってことがよくわかった、これが最初の場面でした。

宣言通り、ここでは何も買わず。
店の人はどうしても売りたかったらしく、とりあえず紅茶を宿まで持って帰れ。そして買う気になったら宿のオーナーに金を預けて、いらなかったら紅茶を返しておいてくれ。と、ややこしいことを言ってきた。
その通りにし、一応商品持って帰ったら、それ以上しつこいことは言ってきませんでした。
紅茶、買わずにオーナーに渡しちゃったけどね。

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宿ではまた腹痛の波。
本来、昼12時がチェックアウトのお時間。
チェックアウト後は荷物を預かってもらい、観光や食事に行くはずが、もうどこにも行きたくない。

オーナーは、安い値段で夜行列車の時間まで部屋で休んでていいよ、と言ってくれた。
私が使っていた部屋は3階の良い部屋だったけれど、1階の窓のない部屋に移動し、そこで爆睡した。
シャワーを浴びようと思いながらも、眠ることしかできなかった。
気の利くフロントマンが、列車の出発時間の30分前に、23時20分発の列車じゃなかったですか?と、電話で起こしてくれるまで。

駅で、23時20分発の深夜特急を待つ。さよならアーグラ、そしてタージ・マハル。
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旅行記はつい、他の記事より長くなってしまいます。
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by bestdropteaclub | 2014-09-04 07:13 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

アーグラで、夕暮れのタージ・マハルを見る

ジャイプルからアーグラまでは、バスの旅でした。
列車のチケットを買うべくジャイプルの駅のチケット売り場で2時間ほども苦闘を続けたのですが、買えませんでした。

1時間以上も長い長い行列に並び、横入りしようとするインド人を日本語で怒鳴りとばし(日本語のほうが効果があります)、申込用紙に記入するためペンを貸してくれというインド人に貸したら際限なく何人も借りに来るので、途中からペンなど持っていない振りをし。
やっと自分の番になったと思ったら、チケット販売係と自分がしゃべっているのに申込用紙を横から差し出し、必死で自分が買いたいチケットのことをしゃべり続けるインド人(若い女子)。
その喚き声がうるさくて、販売係との会話もままならない。
前にいた白人の男性も、横入りするインド人を必死で腕で牽制していた。

そして、希望日のアーグラ行はもう満席っていうね\(^_^)/
なんだったこの長く空しい、横入りするインド人と互角に闘った意外、何の得るところもなかった2時間は…orz

しかし代わりに乗ったバスは意外にも、とても快適でした。
バスターミナルでチケットを買う時、その辺の人に聞いたら売り場の偉い人だったみたいで、カウンターの中に入れてくれて、さっさと手続きしてくれた。
乗ったバスは、広くて清潔なうえに静か。
ミネラルウォーターのボトルが配られるサービスもあった。
で、朝8時半出発のバスで、途中15分ほどのトイレ休憩をはさんで、午後の早いうちにアーグラに到着。

バスが到着したところのすぐ前に、ツーリストインフォメーションがあってそこに入ってみたら、ゲストハウスだった。
インフォメーションというのはその宿の私設のもので、どうなのかしらこれ。と思ったけれど、オーナーが日本語ペラペラで大変な日本びいき。
とても親切だったので、そのままそこに泊まることに。

オーナーがチャイをごちそうしてくれて、ロビーで色々と話す。
地球の歩き方をなくした話をすると、日本人宿泊客が置いて行った「歩き方」の、これから行きたいと話した街のページを惜しげもなく破り、ホチキスでとめて私にくれた。
一見強面で、アーグラの裏社会を仕切ってそうな貫録たっぷりのおじさんだが(私より5,6歳は年上だろうと思ったら年下だったため、お互いびっくり)、実に親切で頼れる人だった。

彼の手配でリキシャに乗り、その夕暮れに、早速タージ・マハルを観に行く。
とは言っても、中に入って見学するのは翌日にし、この日は川を挟んだ対岸から、日没のタージ・マハルを堪能するのだ。
日中のアーグラは大変な暑さのため、観光は早朝か夕方以降にするのが良いということです。

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デリーの話に登場したラール・キラーと同じく、タージ・マハルを建てたのは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーン。
1653年に建てられた、この世界屈指の美しさを誇る建築物が、シャー・ジャハーンの愛妃ムムターズ・マハルのために建てられた墓廟であることは、有名なお話。
アジャンタとエローラの石窟群、そして翌日に訪れたアーグラ城塞と並び、1983年にインドで初めて登録された世界遺産の一つ。

白大理石で作られたこの霊廟とシンメトリーを成すように、ヤムナー川を挟んだ対岸に黒大理石で自らの霊廟を建てることをシャー・ジャハーンは計画していたが、その夢は実現せずに終わる。
自分と皇位を争う近親者を皆殺しにして皇帝となったシャー・ジャハーンは、第三皇子である息子に幽閉され、夢と生涯を絶たれたのだった。

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黒タージ・マハルが建つはずだった場所が今は公園になっており、日が沈む夕暮れ時にその公園から眺めるタージ・マハルが、一番美しいと言われています。

公園の前の道には、観光客が乗りつけてきたリキシャや車が沢山停まっている。
リキシャワーラーのおじさんは、私に指で道を指しながら、あっちは入場料がRs.100かかるが、こっちの道を行けばタダだ。と説明した。
そんなこと言われたら、お金のかからない方へ行くものじゃなくて?人って。
だから歩いて行ったら、なんだか銃を構えた兵士みたいなのが道の脇にたむろしていて、え、ここ通っていいの?と思ったけれど、特に止められることもなくヤムナー川の川べりに着いた。
そこを左に曲がって川沿いに歩くと、タージ・マハルが目の前に。

黒大理石の同じ建物が建つはずだった場所。
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結局、その川岸の道は公園とフェンスを隔てて接しており、フェンスは途中でなくなっているところがあって自由に公園に入れた。
入れたというか、私は入ってはいけないと思って入らずにいたら、フェンスの向こうに出るな!と警備員みたいな男に言われて、入らざるを得なかった。
彼はどうやら、道の向こうから来たのではなく、入場料を払って公園に入った客がそこから出ちゃったと誤認したらしい。
どう考えても、私は入場料を払わずに不法に公園に入ってしまったのですね…
あのリキシャドライバーは、「タダだ」などと自信たっぷりに言っていたけれど、こういうからくりでした。

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日が沈むのはタージ・マハルがある方向とは違ったし、木々に隠れて感動的な日没が見られたわけではないけれど。
大勢の観光客が集まっていたのに、みんな日が沈むころには言葉もなく、ただ目の前の美しい光景に見とれていて。
昼間の、狂気のような暑さを忘れるほどの静けさの中で、目の前の建築物はあんなに美しいのに、密やかにつつましく、ただそこにあった。

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やがて日が沈み、人々は車に乗ってどこかへ消えていった。
私もリキシャに乗り、宿へ帰った。

街を見たい気持ちとかは特にわかず。
ゆっくりご飯を食べ、明日に備えてさっさと寝よう、と思った。
明日は入場料を払ってタージ・マハルに入り、みっちり見学するのだ。
そのために早朝6時にリキシャに乗って出発する。

が。
この後、ゲストハウスのレストランからルームサービスで注文したベジターリーで、私は地獄を見ることになる…
変な味はしなかったどころか、不覚にも美味しいと思ってしまったこの食事が、私の体にインドの洗礼を強烈に浴びせかけたのであった。
お腹が、かつて味わったことがないほどの猛烈な痛みを訴え、朝6時には出発しなければならないというこの夜、私は一晩中眠ることもできずに、ベッドとトイレを往復し続けたんでした\(^_^)/
いやーこれぞインド!

絶対にあのカレーが原因でしょ…他にはバナナぐらいしか食べてないし、食べきれずに残したカレーの匂いをその後嗅いだら、それだけで気持ちが悪くなったもん。
チャイも飲んだけれど、チャイが原因のはずはないよね?ね?
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by bestdropteaclub | 2014-08-24 20:30 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

ジャイプル、2日目

朝早く目覚め、屋上レストランに行ったのは、ロンプラインドとるるぶインドのkindle版をダウンロードするためだった。
部屋でネットが使えると思っていたのに、屋上とかロビーの一部とかでしか使えない上、スピードが遅い。
悪戦苦闘し、るるぶはゲットしたものの、空き容量の問題か「深夜特急3 インド・ネパール編」と「進撃の巨人13巻」を優先させたせいか、ロンプラをDLすることは出来なかった。
るるぶは可愛いだけあって、情報としてはほぼ、役に立たない。

仕方なく、また右も左もわからないまま、オートリキシャに乗って観光地めぐりへ。
ジャイプルは見所があちこちに点在しており、一回ごとに乗り捨てて気に入ったところでのんびりし、気ままに動き回りたいのだけど、どこの何が見所かさえわかっていないのでは、どうにもならない。

ある程度の不便は覚悟の上、宿の前にいたリキシャに乗って5つの観光地を見て周り、宿まで帰ってくるというので、乗ることにした。
値切ったがRs500がRs450にしかならなかった。
けれども行く場所のひとつ、アンバーフォートはかなり遠かったので、これはそれなりに妥当な金額だと思う。
ひとまず、前日のリキシャマンはいなかったのでほっとした。

5つのうち1つ目は、昨日すでに行った場所だった。
名前をろくに覚えていなかったので、気づかなかったのだ。
そこはさっさと引き返す。

2つ目は、湖の中に立つウォーターパレスと呼ばれる、ジャール・マハル。
しかし公園みたいなところから眺めるだけで、船でそこに渡れるわけでもなく、面白くもなんともなかった。
道から湖ごしに見るだけなら、通りがかりにいくらでも見られる。
そしてこれも前日すでに見ていた。

そしてようやく観光らしいことが出来たのは、こちら。
アンベール城。

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「ラジャスターン州の丘陵要塞群」としてユネスコの世界遺産に登録されている、6つの城砦の1つ。
とはいえ、これ単体で世界遺産に登録されてもいいのじゃないかしら。
と感じるほど、自然と同化したダイナミックさと美しさを兼ね備えた建築物だった。
個人的には、後に見たタージ・マハルよりもこちらのほうが、私好み。
北インドの中では、おすすめの観光名所だと思う。

山の方を見て、「万里の長城?!」と思った。
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小高い丘の上にあり、ここまで自力で登るのは、結構な体力を持っていかれる。
距離や傾斜は大したことないのだが、とにかく暑い。
容赦ない直射日光を遮るものが何もないのだ。

ここを自力で登るのがしんどい人向けに、普通のジープ、または名物の象タクシーがある。
象に乗って登るのはロマンがあるし、楽しそう!

けれどもこれが高くて、Rs950だったかな。私の1泊の宿代を越えている。
1頭に2人まで乗れるので、2人旅ならシェアすればいいかもしれない。
いや1人でも、1週間ぐらいの旅なら贅沢もありだろう。

けれど1人かつ2か月の旅となると、象やラクダに乗っていたらお金がいくらあっても足りない。(ちなみにキャメルライドはRs.1,000)
私は自力で登った。
自分の足で登ってこそ得られる達成感があるというのも、また事実。

ムガル帝国の当時、ここまで登ることが出来たのは、城主などごく限られた人たちのみだったそう。
今は誰でも登ることが出来るが、そのロマンを味わいながら登るのは、格別なものがあるかもしれませんね。
この時はそれ、知らなかったんで、味わってませんけども。
あああんもうガイドブックー!

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入場料を払って入るとすぐ、こんな素晴らしい装飾の建物。
今思うと、この中に入っていくと一番の見どころらしい「鏡の間」があったんじゃないですか?

ないですかって、見てないんですか?と思うでしょ?
そーなの見てないの!
ショートケーキのイチゴは後半~最後にいただく派の私、最初にすごいものを見てしまったら後が全部しょぼく感じるんじゃ?と思うがために、そこを後回しにしてしまった。
その結果、他の場所からあちこち見て移動していくうちに、もうそこに戻ることが出来なくなったというね\(^_^)/
あああんもうガイドブッ(ry

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日本の美術館とか博物館って、本当に親切ですよね♬
入場料払えば、紙切れ1枚であっても何かしら案内くれるし。
インドではそれがまったくない。せめて地図ぐらいちょうだいよ!
今いる場所が何なのか、さっぱりわからない。(でもガイドを雇う気はないw)
まあ、きれいなことは確かなので、来て、見られただけで良しとするか。

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特にこの装飾、鮮やかな色づかいといい、近づいて見たときの繊細な文様や花の絵といい。
全体的には自然と一体化したような、力強い男らしい砦なのに、細かな装飾は女性的な可愛らしさに満ち溢れていて、すごく気に入った。

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この日はたまたまプージャーだったよう。
大勢の人々が砦の広場で長い列をつくり、みんなでカレーを食べていた。

以前、ウダプセラワのディルマ茶園で、プージャーに参加したことがある。
あの時はこんな屋根などなく、青空の下みんなで列を作って地べたに座り、バナナの葉をお皿にしてそこに直接カレーを盛っていた。
ここでは銀のプレートに盛られたカレーを受け取り、空いている場所に座って食べる。
ディルマではみんなに囲まれ、一緒に食べろと勧められたが、ここでは外国人観光客など珍しくもない。
ヒンドゥー教徒以外がそこに並んでカレーを食べるなど、ありえない感じ。
プージャーのためか、門の上のスピーカーから、ずっと祈りの言葉が流れていた。

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もっとゆっく見たかったけれど、リキシャドライバーとの待ち合わせ時間が迫っていたので、戻ることに。
城から降りる道でおばあちゃんに、ヒンドゥー教徒のように、おでこに赤い粉つけてもらった。

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昼になっても暑くて食欲がほとんどなかったが、何か食べないと体力が、というのでさっぱりとフルーツライタ(ヨーグルト)を食べて次の場所へ。
さあこの後のプランはどうする?などとドライバーが聞いてくる。

どうする?じゃなくて、5つのパレスに行くとそちらが言ったのだから、おとなしく行ってくれればいいんですよ。
5つのうち3つしか行ってないでしょ?
と言ったら、残り2つのうちシティ・パレスはもう通った、などと抜かす。

はああああ?塀の周りを見ただけで、降りて中を見てないよ!と訴えたが、まったく通じない。
シティ・パレスはマハラジャが現在も住んでいる居城だということは頭にあったが、行ってどこまで見られるかまではこの時わかっていなかった。
そのため、見てないんだよ!と色々訴えてみても、中は見られないんだよ!と言われてそのまま引き下がるしかなかった。

が、一部博物館があって、ちゃんと中が見られるらしい、ことを後で知ったのですね…
もう面倒くさくなったんでしょうね、ドライバー。
だから、情報って大事よね。って話でした。
その話をしてるうち、残り1つのパレスがなんだかもわからないまま、話は変わり。

行ったのは、世界遺産ジャンタル・マンタル。
ムガル帝国のジャイ・シン2世が18世紀初頭に建てた天文台です。

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私がジャイプルで最も期待していたと言っていい、建築物。
というのも、これは単体で世界遺産になっていて、私が世界遺産検定2級を取得した時に、テキストに記載があったからである。

当時の最新技術を用いた20以上の建造物から成り、レンズを通してではなく裸眼で星の動きを観測することが目的だったそう。
建てられた当時の状態が、ほぼ完全に保存されている。

が。正直言ってしまうと、なんだかモダンなデザインの遊戯具がいっぱいある児童公園のような印象。
昨日の天文台レストランがここにあっても、まったく違和感なし。
天文学に興味がないせいか、どうしてアンベール城が単独で世界遺産になってないのに、これが?の疑問でいっぱい。
まあ、世界遺産の登録基準(ⅲ)(ⅳ)が理由なんですけど、そう言われてアンベール城と同じ世界遺産だということが、納得できる感じもなく。
(ジャンタル側には、私に納得してもらう必要などないが)

しかもね、くどいですけど暑いんですよ。
強烈な陽射しを遮るものが、なーんにもないの。
炎天下の中、なんだかわからないモダンなジャングルジムみたいなの見てるうちに、お腹が痛くなってきた。
インドの昔の天文学に想いを馳せる…という余裕はどこにもなく。
(私のようなことになりたくない方は、ガイドブックを読んでおくかガイドをつけましょう!入口にガイド、いっぱいいます)

ジャンタル・マンタルの前の通りにじっと立っていたロバも、絶対暑いはず。
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もし、夜にここを訪れて、昔の人がしたのと同じように天体観測ができたら、もっと面白かっただろうなあ。
(写真の大きな三角形の観測台、階段で一番上まで登れるはずが、危険だからか閉鎖されてて登れない)
ということで、一通り見たらさっさとリキシャへ戻った。
そして後で調べてわかったのだけど、ジャンタル・マンタルはシティ・パレスの一角だそうだ。
ドライバー的になぜシティ・パレスがだめでジャンタルは良かったのか、今もって謎。

そして、ジャンタル・マンタルから見えた「風の宮殿」ハワー・マハルへ。
宮廷の女性たちがこの小窓から、自分の姿を見られることなく街の様子を見て楽しんでいたという。
そこは予定になかったけれど、見えちゃったからどうしても行きたい!と言い張った。
行くのはいいが、降りて中を見るのはだめ、とドライバーは言う。
道が混みすぎていてリキシャを停める場所が見つからないからと。

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確かに、あそこでリキシャ停めるのは簡単ではないと思う。
でももし逆の立場だったら、何とかして見せてあげようと努力するだろうと思う、自分なら。
たられば言ってもしょうがないけども。

ジャイプルのドライバーみんながそうとは言わないけど、この子(23歳)ははるばる日本から来た観光客に、自分の街の観光地をちゃんと見せたい。などという気持ちは、まったく持ち合わせていないようです。
そして、今日一日僕は君のボーイフレンドで、君は僕のガールフレンドってことでいいよね、みたいなことばかり言ってました。
はいはい、と適当に答えておきましたが、そういうサービスは求めてませんよ~

日本のタクシーがこういうシチュエーションプレイを始めたら、それはそれで商売になるかもなあ。とちょっと、考えた。
かっこいい運転手が女性客相手に乗車中、妹と兄プレイしたり、従兄妹プレイしたり、教師と生徒プレイしたり、執事とお嬢様プレイしたり。
美人の女性運転手と男性客バージョンも、色々考えられますね。
(って、紅茶のブログじゃなかったっけこれ…)

降りられないと言われても、暑さもあったし、ジャンタル・マンタルの駐車場で昨日のリキシャドライバーと鉢合わせして色々あったりで、もう逆らう気力もなく。
結果、このピンク色の建物が連なった旧市街を自分の足で歩くことが、私は一度もできませんでした。

大昔に、ガイド付きツアーでヨーロッパの都市に行った時の切なさを思い出したなあ。
降りたい場所で降りられず、自由時間20分ですと言われ、見たいものをゆっくり見られないことの、もったいなさ。
あの時は親が申込み、親が楽しそうだったからそれが何よりだったけれど。
何で片道6時間もかかるようなバスツアー申し込んじゃったの? ウィーンからザルツブルグまで、電車なら2時間半で行けるよ。
と言いたいのを我慢して付き合ったのも、今となっては良い思い出です。
まだ学生の子供にツアーを考えさせるなんて頭は、親としてははなからなかったんだろう。

でも何か、ジャイプルに関しては、あまり後悔はない。
自分が熱烈に来たかった場所だったら、絶対にこんなことでは満足しないのだけれど。

ドライバー、23歳。性格は顔ほど可愛くない。
「ジャンタル・マンタル?つまらないよ」とバッサリ。

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夜はリッチなレストランでごはん。
ラジャスターン州の伝統舞踊らしきものを可愛い踊り子さんが踊ってみせ、そして観光客も一緒に踊ったりしていた。
私も引っ張り出されて踊った。
踊るとか恥ずかしいわ!ないわ!と思うのだけど、旅の恥はかき捨て。
時と場合によっては、あほになった者勝ちです。なかなか楽しかったです。

踊り子さんは頭に壺を何個か重ねて乗せて踊るのですが、あれはちゃんと重なっているのか?
それともアロンアルファ的なもので落ちないようにくっつけているのか?
などと、無粋なことを考えてはいけませんね。

食べた料理、名前も思い出せません。(お金を払う講義など以外では、メモは一切取らない)
美味しかったのは確か。
高かったことも確か。

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良いことも悪いことも色々あった気がするけれど、何があっても明日はもう次の街。

旅慣れてきたと思うのは、すべて思い通りにはいかない、というのがわかってきたこと。
手に入ったもので満足するか、満足できないならできるようにやりつくすこと。
やりつくせば、本来の目的で満足できなくても、自分自身やれることはやった、という満足はできること。
そのほうがもしかして、価値があるのかもしれないと。

そういうことを、だんだん感じるようになってきたからでした。
下調べ、昔は緻密にしていたのに年を経るごとにしなくなってきたのは、ここらあたりが理由かもね。
調べたとおりに行かないことが絶対出てくるし、行き当たりばったりのほうが楽しい部分が大きいから。
それでも、ここぞ、という時には力を惜しまない。
まあ、旅は人それぞれです。

次はいよいよ、タージ・マハルの街へ。


ほんとはもっと暗いんですよ。だからこれで精いっぱいなんですよ。
そのせいか明かりが心霊写真みたいになってますが、何か?

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by bestdropteaclub | 2014-08-16 21:24 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

ジャイプル

インドの到着地デリーを出て向かったのは、ラジャスターン州の美しい街、ジャイプル。
デリーからジャイプルへは快適な鉄道の旅でした。
そこのところのお話は、こちらの記事をどうぞ→

が、この列車でドイツ人のマダムに高度な質問を浴びせられ、思わず動揺したためか、旅が始まったばかりだというのに、命とパスポートとお金と国際キャッシュカードとカメラとタブレットとiPhoneの次ぐらいに大事な「地球の歩き方」を列車の中に忘れてくるという大失態!
(大事なもの、意外といっぱいありますね(^p^))

これは痛い。
バックパッカー一人旅には、あれは必需品ですよ。

日本人宿に泊まって情報をゲットしよう、などという若者らしい発想がまったく沸かないのは、若者じゃない上に、日本の社会において日本人の中にうまいこと入り込めてる実感がないのに、外国に来たんだから日本人同士の助け合いの輪の中に入り込めるでしょ、などという楽観的な気持ちがちっとも起こらないからですね\(^_^)/
そもそも、日本人宿があるのかどうかも、「歩き方」がないとわからないというね。

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列車の中では集中して読めなかったので、ジャイプルの情報がほとんど頭に入っていない。
ジャイプルが別名ピンク・シティーと呼ばれていることぐらいしかわかっていない。

そんな右も左もわからない状況で、列車を降りるやいなや、客引きに来ていた若いリキシャワーラーに、真っ先に目を付けられた。
ああ、面倒くさいな…と思った。

リキシャの運転手、駅の外で待ち構えているのは、まあ普通。
ホームまで来て、列車のドアのすぐ前で待ち構えている運転手のリキシャには、絶対に乗りたくなかった。
欲の深さがそのまま、ホームまでやってくる行動力に表れているように見えてしょうがなかったのだ。
ただし、純粋に外国人の金が目当てとも限らないので、それがまた厄介。

とにかく宿を決めなければ。
しつこく着いてくるリキシャ男を無視し、駅の外に出ると、ここ良さそうだなと目途を付けていた宿の送迎が来ているではないか。
ついてる!と思い、そのウェルカムボードを持った男に近づくと、予約をしていないのだけど今夜泊めてほしいの、ゲストを迎えに来たのだったら私も一緒に連れて行って!と訴えた。
あそう、じゃあ彼のリキシャに乗って来てくれ、まだ予約の客が来てないから。と彼が指さしたのは、まだ着いてきてるしつこいリキシャワーラー。
何だ、この宿と提携しているリキシャだったのか。とちょっと安心して、彼のリキシャに乗ることに。
これが間違いだった。
今思うとあの宿の送迎マンは、どのリキシャでもいいから宿まで勝手に来いというつもりで、単に目についたから彼を指しただけだったのだろう。

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リキシャワーラーは私が乗ることになり、とたんに機嫌を良くして色々話し始めた。
彼はイスラムの男だった。ああ、どうなんだろこれ。と思った。
イスラム人のリキシャワーラーは普通、イスラム系の宿と提携しており、他の宿には客を連れて行かない。
私が泊まりたかったゲストハウスは、イスラム系ではない。

まずは君が行きたい宿に行こう、でもそこが満室だったり気に入らなかったら、別の宿に案内するよ。
最初はそういうことを言っていたが、これは絶対に最初の宿には連れて行ってもらえないだろうな…と思っていたら、案の定、今日はあの宿は満室だとか嘘をつきまくり、私が指定した宿には行かず、真っ先にイスラム系のゲストハウスへ連れていかれた。
リキシャワーラーは、駅やバスターミナルでなければ、提携している宿の前で客待ちするので、ここに泊まってしまうとおそらくジャイプル滞在中どこに行くにも彼のリキシャに乗る羽目になり、ずっと付きまとわれることになるんじゃないか、と思った。
面倒くさあああ!もうこういうのがイヤなんだよインド。

ここは何とかして振り切らないと…と思ったものの、意外とそのゲストハウスはきれいで部屋も広いし、内装もイスラム風で可愛らしく、リキシャ男が宿のオーナーに安くしてくれるよう掛け合ってくれたのもあって、結局そこに泊まることにしてしまった。
彼のリキシャで行動することになっても、安くなった宿代を考えればそれほど悪くないな、とこの時は思ったのだ。

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その後、彼はジャイプルのことをまったく知らない私を、マイナーで人が少ない観光名所にばかり連れて行った。
その一つ、私以外誰もいないミナレットの一番上まで登り、ジャイプルの街並みを見渡した。
思いがけず遠くまで広がる街並みの光景に、感嘆の声が漏れた。

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その後もオートリキシャで街のあちこちを走った。
美味しいラッシー屋さんでラッシーを飲んだり。
なくした「歩き方」の代わりに、小さな本屋でロードアトラスを買ったり。
旧市街に入ると、建物は赤砂のような色のピンク、ピンク、ピンク(というか、実際は赤レンガっぽい色だけど)。
この街がピンク・シティーと呼ばれる所以。

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ジャイプルは、インドの中でも沢山の種類の動物が見られる街だと思う。
デリーでも見かけた牛以外にも、象、ラクダ、ヤギなどが人や車と同じように道を歩いている。
象やラクダには、乗ることもできる。
料金は高いけど。

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夜は、リキシャワーラーおすすめのタイガーヒルへ行った。
(ダージリンにも同じ名前の場所があるが、関係はないと思う)
真っ暗で明かりもない、ほとんど人も車も通らない道を、ひたすら丘の上へ向かって走る。

リキシャの運転手と、暗い夜道を二人きり。
インドに来る前に日本で読んだ、インドでのろくでもないニュースの数々が頭に浮かんできて、これってまずいんじゃ。と不安になった。
一度どこかで停車した時、こっそり道の石を拾ってポケットへ入れたのだけど、今何を拾ったんだ?と聞かれ、適当に誤魔化した。
何かあったらこれで彼を殴って、自分でリキシャを運転して帰ろう。
割と本気で、そう考えていた。

が、それは杞憂だった。
無事にタイガーヒルに到着し、入場料みたいなのを支払ってゲートを入る。
人の声が聞こえ、明かりが見えた。

なんだろうこれ、天文台?
こんな建物が、広い場所にいくつか並んでいた。

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上は、レストランの客席だった。
この建物一つに、一組の客だけが入る。
そしてこの夜景が、目の前に広がっている。
何度「すごい」と言っただろう?
インドで見たものの中で、これほど光り輝くものは、他になかったと思う。
カメラにはとても収まりきらないほどの光の海が、目の前に広がっていた。

紅茶だ、この景色を見ながら紅茶が飲みたい!
インドに入って以来、暑すぎてあまり飲みたいと思わなくなっていた紅茶を、この時強烈に欲した。
ここで頼んだチャイはティーバッグを使っていて、インドのチャイとしては味が薄く、あまり美味しくなかった。
それでも格別だ。この光景を見ながらだと。

運転手はビールを飲んでいて(運転するのに平気で飲むのだ)、私はビールが苦手なのだが、この時ばかりは飲む気になった。
インド・ネパールで過ごした2か月近くで、お酒を飲んだのはこの時だけだ。
キングフィッシャーというインドでメジャーなビールは、フルーティーで、ビール苦手な私でもびっくりするほど美味しかった。
それもこれも、この光の洪水のせいなのかもしれない。

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男は女を口説くために、こういう場所に連れてくる。
リキシャワーラーが今日一日、何回もリキシャの料金を聞いたのにサービスだ、お金なんていらないと言い続けていたのも、目当てがどこにあるかよくわかって、ぼったくりに遭うより私を面倒くさい気持ちにさせた。

一部のインド人は、日本の女を捕まえたらそれで人生が変わると考えている。
女一人でインドを旅していると、嫌でもこのことを理解させられる。
そのためにはなりふり構っていられないのだろうこともわかる。

別にそれが悪いとは思わない。
日本の女性には医者や弁護士と結婚したがる人がいるが、それと何も変わらないだろうと思う。
けれど彼が若くてハンサムでも、私は応える気はまったくない。

自分の人生ぐらい自分でどうにかしてよ、私も自分の面倒見るので精いっぱいなんだよ。
やり方も間違ってるよ。警戒している相手に「タダでいい」とか「金はいらない」って、逆効果でしかないよ。
そもそも、テツ&トモの「何でだろう~♪」はもう古いよ。
そう言いたい気持ちだった。

適当にあしらったが、帰りにリキシャの運転の仕方を教えてもらい、運転させてもらって、ちょっと楽しくなってしまった。
美しい夜景を見てご機嫌になった私に、これで自分のことを信用してもらえたか?と彼は何度も聞いてきた。
うん、信用しますよ。と、まったく警戒を緩めずに私は答えた。

自分はインド人よりも嘘つきかもしれないな、と思う。
なんといっても、ダージリンで茶畑を見るまでは、つまらないトラブルに巻き込まれるわけにはいかないのだ。
そっちが日本の女を捕まえるためになりふり構わないなら、こっちは無事に茶畑を歩くためになりふり構わないだけだ。

天文台レストランはお高いので、そこでは飲み物だけ飲んで、夕飯はホテルに戻ってそこの屋上レストランで食べた。
ベジ・ターリー。
ここのご飯はとっても美味しかった。
野菜だけとは思えないほど味付けがしっかりしている。これでRs110.

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色々動き回って、すっかり疲れた一日だったが、体よりも気持ちが疲れた。
最後は面倒くさくなり、リキシャの運転手を振り切るようにして去ってきたのだ。
とにかく明日は彼のリキシャに乗るのはよそう。
デートは、ガイドブックとするのが楽でいい。
そう考えながら、眠りについた。

おやすみジャイプル、明日は平和でありますように。

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by bestdropteaclub | 2014-08-08 12:16 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)

デリー

油断してると、また時間が過ぎていきます。
さっさと書いていかねば。

インドで最初に到着した都市、デリーは、とても暑くて道を歩いているだけでどうにかなりそうだった。
私はオールドデリーのメインバザールの近くに泊まっていたのだが、暑いうえに道は埃とごみにまみれ、目にするものすべてが「これがインドか…」とどこか納得させられるような、いやまだまだ、本当はこんなもんじゃないだろう。という気持ちとで、魚のように非日常の感覚を漂いながらインドを体感していた。

デリーにはユネスコの世界遺産がいくつかあるが、私が見たのはただ一つ。
「赤い城の建造物群」として2007年に登録された、ラール・キラー。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが自らの居城として築いた砦。

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外国人の入場料金はRs.250だったかな。
「地球の歩き方」には、チケット売りの係りはお釣りをちょろまかすから気を付けましょう。とか書いてあって、本当にその通りだった。
「お釣りが足りないよ!」と訴え続けていても、他の係りとおしゃべりしていて完全に無視。
しかし私はおとなしく引きさがる日本人ではないので、しつこく訴え続けていたら、他の係員がやってきて不足分を出した。
宿、交通費、レストランの料金。
最新版の「歩き方」でさえ、ほとんどが値上がりしていて不正確なことになっているのに、こんなことはガイドブックの通りなのね。

ラホール門、チャッタ・チョウクという土産物屋が並ぶアーケードを通り、メインの建物や博物館や庭を見て回った。
外国人より、インド人の観光客のほうがずっと多くて驚いた。

ラホール門。ここが一番圧巻の光景かも。
b0263744_12005640.jpg

彼ら、写真を撮るときのポーズの決め方が半端ない。
男同士でもポーズをばっちり決めて写真を撮りあう図、って、ちょっと面白かった。

ナッカル・カーナ(中門)は戦争博物館になっている。インド人観光客が写真撮りまくり。
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ぷらぷらと建物やら庭やら見て。
でもインドの人たちを見ているほうが面白かった。
穴があると、老若男女みんな、真剣に覗き込むのとか。
この穴の向こうは、ただの暗闇でしたけど。

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ラール・キラーにたどり着くまでにすでに結構歩いていたので、暑さと相まって疲れ果てていた私。
感動より、早くどこかに座って冷たいものが飲みたい…とか思ってしまった。

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一通り見終わって、ラール・キラーの前のチャンドニ・チョウクという大通りへ。
もうとにかく暑い!人や車が多い!
道は砂ぼこりにまみれ、暑さと汚さと車のクラクションのうるささで気が遠くなりそうだった。

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疲れ果てつつも、コンノート・プレイスへ。
ここは円形にお店が連なった場所で、高級ブランド物やおしゃれなカフェなどが並ぶリッチな通り。
お金持ちのインド人が集まる場所、って感じです。
買い物とかしたいわけじゃなかったけれど、とりあえずデリーに来てここを見ないのもアレかしらと。

今いる場所がコンノートのどこかわからずコソコソ地図を見ている時に話しかけられ、立ち話をしたおじさんは、とても親切な人だった。
警戒心をゆるめることはないんだけれど、誰も信用しないのも疲れる。一人旅が大変だと思うのは、こういう時ですね。

大人気のスムージー屋でマンゴースムージーを買ってみたら、この世にこんな美味しい飲み物があったんですか~!というぐらい美味しくて困った。紅茶のためにこの国に来たはずが。
それもこれも、暑さゆえです。多分この時の気温、体温超えてたし。

シェイクスクウェアというスムージー屋の前。大人気です。
マンゴーアイスシェイクだったか、Rs.90。

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こちらはニューデリー駅の通路。
各ホームをつなぐ廊下で、列車のチケットを持っていなくても、誰でも通れる。
オールド・デリーからニュー・デリーのエリアへ行くには、ここを通るのが便利なのだ。

けれど嘘つきなインド人が、チケットがないと通れないぞ!と言って怪しげな旅行代理店に連れていき、法外な値段で列車のチケットを手配したり、ツアーを組んだりする手口は、ガイドブックに書いてある。
本当にそうだった。
チケットがないと通れないぞ!というインド人数人を無視して通った。

b0263744_21115531.jpg

やがて夕暮れ。
砂ぼこりが激しく、昼間はそこまで人が多すぎるってほどでもないメインバザールも、夜闇に溶け込み、色とりどりの明かりが点ると、人があふれ、活気を取り戻す。
気温も下がって過ごしやすくなる。

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夜のメインバザールで紅茶屋のおじさんに手招きされ、おじさんと奥さんと、2号店をやっている息子の3人の写真を撮り、店の中も撮らせてもらったのだけど、その辺りの写真は手違いで全部消去してしまった(何してんの自分)。
インドで初めて飲んだチャイの写真も消えた。(あらあら)

汚い街角の小汚い店で飲んだインドで初めてのチャイは、美味しかった。
作っている青年は、作りながらずーっと片手で携帯を持ってしゃべっていて、ものすごく適当にやってるように見えたが、それでも美味しいのだ。
あんな適当にやってるように見えて、こんなに美味しい。
嫌だなあ、と思った。
まだ30歳にならないであろう彼が何歳からこの仕事をやっているのか知らないが、もう細胞レベルで身についているのだろう。砂糖を入れる手さばきなど、日本では見たことがないものだった。
魂込めて、きちんと丁寧にやりたいんです!みたいな、努力だの鍛錬だの修業だのの好きな国から来た自覚がある身としては、携帯でしゃべって笑いながら作ったものがこれほど美味しいと、紅茶の資格とか勉強(この言葉は個人的には使いたくないが)って何の価値があるん?と、本当は普段から感じているけれど胸の奥底に閉じ込めていることを、無理やり浮上させられてしまうような。
けれどもそんな考えが浮かぶのも一瞬のことで、そこで立ち飲みしながら、店にやってくる色んな人を見ているうちに、紅茶が美味しきゃそれでいいか。と、どうでもよくなるのだ。
昼間の明るさの下では、嫌でも目に飛び込んでくる街の中のいろんな汚いもの、本当は夜でもそれらはそこにあるはずが、色鮮やかな灯りと夜の賑わいの下で濁を包み隠し、清だけを見せているようで。
チャイは、インドの夜の濃密な空気が溶け込んだような、濃くて甘い味がした。

頭にターバンを巻いたおじさんがやっている、紅茶の茶葉を売る店では、リーフとCTCが混ざったアッサムを購入し、おじさんと色々話したのが印象深い思い出です。
インドの人たちはちょっとおしゃべりしただけでもすぐに「歳はいくつだ?」「結婚してるのか?」と突っ込んだ質問を普通にしてくるので、親戚の世話好きな叔母さんか!と思ってしまいます。
紅茶屋のおじさんもまたそうで、年齢の話をしている時、自分は64だ、と言って目の前にあった売り物の紅茶の袋にマジックで「64」て書いた。
それぐらいの英語わかるから、商品に書くんじゃない!とか思いましたけどね。
面白いなあインド。と思ったインド初日、デリーの夜でした。

ニューデリー駅の2階にある外国人専用窓口。列車の切符はここで買うのがスムーズ。
選挙だからとか祭りだからとかで今日は外国人窓口は閉まってるぞ。だからうちの旅行代理店で買え。と誰かが言っても、無視して行きましょう。大抵開いてます。
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by bestdropteaclub | 2014-07-27 13:17 | インド、2014 | Trackback | Comments(0)


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